紀元前に、すでに

アンコール・ワットという遺跡の名前を聞いたことのある人は多いでしょう。インドシナ半島に位置するカンボジアは、紀元前1世紀頃にすでに、カンボジアとベトナムの南部辺り一帯に文化が存在したと、中国の記録に記されています。実際、発掘調査をすると装飾品や交易で扱われていたと思われる物品が出てきます。中国とインドの間に位置し、交易には便利だったに違いありません。

6世紀にはクメール人の国が興され、アンコールワットが建設された9世紀からはクメール王朝として栄えることになりました。17世紀頃からは西洋列強の植民地政策のターゲットにされ、1863年にはついにフランスの植民地となりました。

近代に入り、日本軍が大陸侵略を進めていく機をとらえ、シアヌークが独立宣言をしますが、日本の敗戦によって再びフランスの手に落ちてしまいます。その後独立運動が続き、独立を辛うじて果たしますが、ベトナム戦争の激化に伴い、国内で政権を奪取した共産勢力が自国民を大量に虐殺するという、今も語られる悲劇へと発展していきました。

現代はカンプチア王国として、人々の記憶の癒やしから自由な国へと飛躍してきています。